暖かくなってきたのでどっか行きたい :週刊少年サンデー 2021/20号2021/04/01





運動不足解消と気分転換のため、ブログ休んでた間にはちょくちょくハイキングしてました。子供の頃は「何が面白いんだろう」と思っていたのですが、大人になってからやると、これがけっこうゲーム性が高いというか。

  山というのはダンジョンです。潜って、探索して、無事に戻らなければなりません。「小学校の遠足で行くような低山などダンジョンとはほど遠い」と思うでしょうが、低山でもそこは山道です。もし捻挫や骨折をした場合、携帯で呼んだとしても救急車は来られません。舗装されていない不整地ですので転倒の危険はそれなりにあります。万一のときは自力で救急車の到着できる場所までは行く必要があり、それができないときはいきなり救助要請案件です。

 行動は日の出から夕方までが鉄則。低山でも日没後の山の中は真の闇になり、野生動物も活動を始めます。万一に備えて非常用のライトは必須ですが、それがあっても行動は大きく制限されます。暗くて足下が見えにくいわけですから、怪我のリスクは高まります。ヤバいです。

  そして当然ですが山の中では売店などほとんどありませんし、あっても平日は休業してます。食料や水など、装備は一式自分で担がなければなりません。山は本来、我々の生活圏ではないのです。

   オッサンになると体力が低下してますので、斜面の不整地を上り下りするのはかなりいい運動になります。限られた体力で時間通りに予定のコースをたどって無事に下山するというのは、それが近所の低山であっても、一歩間違うと最悪死ぬかもしれない状況を装備と知識と体力でコントロールする、スリリングなゲームなのです。

 「スズメバチに執拗に職務質問され、刺激しないよう必死で耐えた」「下山の途中で日が暮れてきて、焦っていると麓の街から『熊が目撃されましたので注意してください』という放送が聞こえてきた」「分岐を間違えて山奥に続く縦走路へ向かって20分ほど歩いていた。ルート復帰するために30分ほどかけて登り返し、合計で予定外の50分のロスと体力の消耗」あたりが私の体験したピンチです。とくに最後のはけっこう危なくて、疲れていると「戻るよりもこのまま進んで他のルートで帰ろう」などと考えがちです。結果本格的に道に迷い、それで死亡する人も多いという。ドキドキしますね。ああ、また行きたくなってきた。

  去年はまったくハイキングに行ってなくて、これはコロナのせい・・・だけではなく、主な原因は猫。うちの猫が
「猫はまだ眠くないから寝ちゃ駄目ナリ!」
「眠いから一緒に寝るナリ!猫を寝かしつけるナリ!!」
「ね・・猫を置いてどこへ行くナリか・・?行っちゃ駄目ナリ・・駄目ナリよ・・」
と要求するようになったため、早く寝て早朝出かけるとか、未明に車で登山口に行って夜明けとともに歩き始めるという活動がしづらくなってしまいました。猫の幸福は他の全てに優先するのです。でもどっか行きたい。行くと(猫が寂しがってるだろうな・・)と思って早く帰りたくなるのですが。   

猫を讃えよ :週刊少年サンデー 2021/21号2021/04/08



このブログはあまり更新してなかったため、少しさかのぼると2匹目の猫をもらったときの記事がありますね。このとき引き取った猫の「ノイ」、いまはもう5歳です。たいへん愛されキャラで、フィナ様以外の家族全員に溺愛されてます。フィナ様は「テリトリーを共有している仲間」としては受け入れてくれてるんですが、空気を読まずにパーソナルエリアにぐいぐい入ってきて遊んでほしがる弟にしょっちゅうキレてます。ノイが寝ている時には甘え方が激しくなるので、彼女にとっては家にいる猫は自分だけなのがよかった・・・というのが本音かもしれません。ノイの方はいくら塩対応されてもお姉ちゃんが大好きで、まったく懲りずにちょっかい出しまくってますけど。一般的にオスの方が感情表現がストレートで、特に去勢済みだと子猫の気質が消えず、たいへん遊び好きの甘えん坊になる傾向があるそうです。

最近、私の中では彼らが猫であるという認識があやしくなってきてます。「ニャーワーン」って呼ぶ声がもうはっきり「父ちゃーん!」って聞こえるし。「ニャッニャッ」は「おいでおいで!」だし。見た目は猫以外の何者でもないのに、なんだか脳がバグってそう見えなくなってきたというか、人間の幼児のようにしか思えない。寝顔なんかは特にヤバいです。

猫はたしかにサイズ的には人間の赤ん坊によく似てます。寝息とか後頭部の触り心地とか抱いた重さもよく似てます。脳のしくみに違いがあるので限界はあるものの、ざっと3~4歳児くらいの知能はあるようです。よく「ペットは家族も同然」「子供のように可愛がっている」とか言いますけど、いや何言ってんの? 同然とかじゃなくてフツーに家族だし。子供だし。


でもよく考えたら猫と人間って6500万年くらい前に分岐してるまったく別の生き物なんですよ。猫への愛情って、種族保存とかとはいっさい関係なく、単に愛おしいのですよ。9000年ほど前に人間の生活に入り込んできて、最初はネズミ捕まえる益獣だったかもですけど、たぶんかなり早い時期から役に立つかどうかとかあんまり関係なくみんな飼ってますよね。んで1000年ほど前に日本に輸入され、21世紀初頭の我が家には二匹の猫様がいらっしゃるという・・・なんだこの「君と出会えた奇跡」的なアレは。

あと15年ほどすれば、どんなに運が良くても二匹とも見送ることになると思います。何不自由のない一生を過ごさせ、最期を看取ってやるのが私の使命です。飼った直後からその日を想像するだけで泣けますけど、いまはちょっともうどうしよう耐えられる気がしねえ。ペットロスとかそういう次元の話なのかそれは。いやそれ以外のなんだと言われるとまったくそのままなんですが。「虹の橋のたもとで大好きな人間が来るのを待っている」とか「毛皮を着替えて別の姿でまた会いに来る」とかいう話は、こうやって紹介するだけで涙ぼろぼろ出ますね。猫はさっきからめちゃめちゃ元気に「さっさとこっちに来てかまえ」つってますけど。

たぶんウチの二匹は前世でなんか良い行いをして、そのご褒美に飼い猫として愛されて気楽に過ごす権利を得たのだと思います。私も次の人生はそれになりたい・・・あ、でもそうすると猫様のお世話ができないな。生まれ変わってももう一度フィナ様とノイのお世話をしてやりたいと思う今日この頃です。

特にアナログにこだわりはないのですが :週刊少年サンデー2021/24号2021/04/23





『美神』の後半あたりから少しずつデジタル作業を導入して今に至りますけど、ペン入れはいまだにアナログです。紙に描いた原稿をスキャンして、最後の仕上げにデジタル処理を加えて、データ入稿するという形。老眼対策としてもデジタルはかなり便利なので、液タブでのペン入れに移行できればそれにこしたことはないんですが、いまのところどうにも納得のいく線が描けない。だもんでまだしばらくはペンと紙のお世話になりそうです。

手描きの原稿が手元に残るのはアナログならではで、仕上げ前の「ほぼ仕上がった状態の生原稿」は、原画展や読者プレゼントなんかに使えて重宝です。直に作業した実感のある他人の生原稿って、見てて楽しいですよね。私が初めて見た生原稿はあだち充先生の『タッチ』だったと記憶してて、あまりの美しさに「え、これ、人間が手で描いたの!?」ってびっくりしました。私の画面はあんなに美麗ではないものの、でもまあふだん本で読んでいる画面のオリジナルが目の前にあるっていう楽しさは味わっていただけるんじゃないでしょうか。

とはいえここ数年で私の作業もデジタルへの依存が高まってて、最近の生原稿は空白が多くなってきました。この葵なんかはこのあと背景と超能力の発動を演出する放電なんかを加えて、最後に擬音とフキダシを合成した状態が完成です。最近のCGを多用する映画のメイキングみたいなもんですね。背景全部ブルーバックで、俳優は合成用の全身タイツ着てたりするやつ。いろいろと応用がきいてこの方が楽なのでこうなったんですけど、生原稿としてはちょっと物足りなくもあります。


さて、いよいよ絶チルも大詰めになってきました。残り何話やるのかはまだ伏せておきますけど、単行本にまとめる都合なんかを考えるとだいたいはわかりますね(笑)。作品の主題についてはあらかた片付いたので、あとは具体的にどういう絵とシーンで締めるか、ページ数ちゃんと収まるのか・・・という段階です。

 こんだけ長くつきあってきた世界とキャラクターたちを、来年はもう描いてないというのは信じがたいことです。『GS美神』のときは私もまだ若くて、「連載が終わってもキャラとのつきあいは続くし、また描く機会はあるから」って思ってて、新しい仕事に挑戦するワクワクも強かった。その後「終わった作品のキャラを本格的に描く機会ってそうそうない」「描いても往年のファンに『絵が変わった』『ギャグのキレが違う』と言われる」「新連載はコケることもある」ということを学びました(笑)。いや『ジパング』は別にコケてませんからね? コケたのは『カナタ』ですよ? その『カナタ』だって、あれのおかげで絶チルでは渾身の全力が出せたと思ってるんで、だからまあ次の作品もなんとか・・・いや、まだその心配は早いですね。いまはとにかくチルドレンに最後の愛情を注ぎます。

カーテン・コール :週刊少年サンデー2021年25号2021/04/29



ダブル・フェイスは初期メンバーだし、彼女たちが事件を解決するミステリーなんかも考えてたんですが、本編の主題にからませるにはちょっと使いどころが難しい子たちでした。

本来カーテン・コールというのはお芝居が終わった後にするものですが、漫画やアニメでは当然そんなのはないので、みんながチルドレンの戦いを援護に来たという体で、準レギュラーを順番に描いてみています。全員描いてるとキリがないし、物語が進まなくなっちゃうので出演キャラはかなり絞りました。ま、たくさんのキャラがちょっとずつ賑やかに登場すると、最終回直前っぽい雰囲気は出ますね。

ただし、ただの賑やかしではなく、「大勢の仲間が次々に集まってくる」という状況がひとつの仕掛けになる・・という構成にはしてみました。いやまあそんなに突飛なことを狙ってるわけではないんですけど、ここまで絶チルにつきあってきてくれた読者には楽しんでもらえるのではないかなと。


さて、これ以上のネタバレを避けると例によって話題がないです。ないからブログの更新しなくなってたわけで。猫もつきあい長くなるとそんなに目新しいことしなくなったし(笑)。

先日クルマを買い換えました。子供の頃からあこがれてた「自動運転」が欲しくて、レベル2はかなりお手頃価格帯の車種に搭載されるようになったし、でもこないだ出たばっかのレベル3搭載車はお高い上に小型だし、レベル4以上はまだだいぶ先になりそうだし、先月めでたく前のクルマのローンが終わったので。あ、自動運転レベルってのはですね、レベル2が「高速道路で、運転者が常に監視してるなら、わりかし自動運転ぽい」 レベル3が「ある一定の条件を満たしてて、呼んだらただちに自分で運転することができるなら、多少は手放しでよそ見しててもいい時がある自動運転」 レベル4「まあ割とそれなりに自動運転」 レベル5「完全自動運転なので寝ててもいいぞ」ってことらしいです。だいたい合ってると思う。ちなみに絶チルの「超度」は地震の震度のパロディーですけど、震災以後は笑えなくなってしまいましたね。<強すぎる才能や個性は、災いでもある>という主題を表現したアイデアで気に入っていたのですが、いまなら自動運転レベルのパロディーにしちゃうかも。

で、何度かドライブしてみたところ、レベル2、高速道路を走る分にはかなり楽ちんですね。最初は運転を機械に任せるのが怖かったけど、馴れてくるとどういうときにどういう挙動をするのかわかってきて、注意すべき状況と介入の必要があるタイミングがだいたい予測できるようになります。これなら自分ひとりで運転席に引き籠もり、まったく誰とも接触せずに大阪の実家まで行ったりもできそうです。いや片道8時間くらいかかるし疲れるから行かないけど。でも絶チルの次の仕事の取材で、広島と岡山に写真撮りに行きたい場所があるんですよ・・・こんなご時世だし、絶チル描き終えたらクルマで行ってみようかな・・・でも怖いし疲れそうだな・・・そしてその間猫に会えないのがネック。猫を飼うと人生の大部分が彼らに支配されますね。

あとさりげなく絶チルの次の仕事が決まったって話も混ぜました。どこで何を描くのかはまだ言えませんが、たぶん発表されたらその話だけでちょっとニヤリとしてもらえる面白い企画なので、楽しみにしててくださいませ。